2021年03月16日

競馬の話

昔ここでも少ししていたことはあるのですが、昨今オタク業界で競馬がにわかに浸透しているようなのでツイッターの方で自分がどれだけ競馬が好きなのかを呟いてみました。
小さい頃は毎週日曜に父親に連れられてウインズのある街に電車で出かけていて自分は渡されたお金で兄弟とおもちゃ売り場を回る手のかからない子供でした、はい。
そんなこともあって部屋に競馬新聞が積もりまくっているような家に生まれているので、幼少の頃からゲーム好きな自分もダビスタブームと共に競馬に触れるようになりました。
自分ががっつり見始めたのはトウカイテイオーのラストランの有馬記念ですね。
なので翌年のナリタブライアンの三冠から競馬の楽しさを知るようになった恵まれた世代でした。
生まれて初めて競馬場に足を運んだのはその年の暮れの阪神で、そこの準メインレースに出ていたトウカイサイレンスという馬に惚れたのを覚えています。
500kgを超えた漆黒の馬体が4角後方から一気に上がっていくのがとてもかっこよかったですね〜。ちょうど4角手前のスタンド前で肉眼で見ていた自分は凄い衝撃を受けました。
その馬は結局重賞は獲れずに引退してしまいましたが、いななきしきが本気で馬好きになるきっかけだったと思います。
東京に出てくる前後で数年離れていた以外はずっと競馬は週末の趣味でした。オペラオーの有馬はラジオで聞いていた思い出があります。
ただ馬券下手なので今はほとんど買わなくなって、基本見るだけになっています。今は家にテレビもないので、もっぱらラジオ聴きながら土日作業していますね。レースの10分後くらいには公式に映像も上がるのでありがたいです。
ちなみに自分の中で一番強いと思っている日本の馬は全盛期のハーツクライです。アスコットに乗り込んで当時の世界最強のハリケーンランとエレクトロキューショニストの2頭と叩き合いしてたあの時が日本の競馬が世界に並んだ瞬間だと個人的に考えています。
ハーツクライの母親のアイリッシュダンスは新潟記念で上で語ったトウカイサイレンスを4馬身突き放して勝っているんですよね。この馬の活躍した時代にはまだ古馬牝馬路線が整備されていなかった時代だったので、GTには手が届かなかったのですが応援していた馬でした。
ハーツクライの娘のリスグラシューの全盛期もそのレベルだったのではないかと思いますね。
では一番好きな馬は何かというと、オルフェーヴルでしょうか。
実際にはステイゴールドの方が思い入れはあるのですが…熊沢騎手が条件戦で乗っている時から(阿寒湖特別を勝った頃から)もっと馬格があれば走れる馬になるのになぁ、と思いながら追いかけていました。
一番じゃない理由は京都大賞典のあれがあったからですね…トップロードもオペラオーと並んで大好きな馬だったので…。
なのでステイゴールド自身よりも仔のオルフェーヴルとか、ウインブライトが好きですね。
オルフェーヴルは凄すぎる素質とそれを制御しきれないくらいの激しい気性のおかげか、少し状態の落ちている時の方がレースでは強かったような印象があります。一番強いと感じたのは宝塚記念でしたね。そのライバルだったウインバリアシオンも大好きな馬でした。故障がなければGTの一つや二つ確実に獲れていた素質がありました。
ウインブライトは皐月賞で本命にするくらい応援していた馬なので、あそこから中山GU大将になった後に香港でGTを獲れたのは本当に嬉しかったです。いい仔をたくさん出してほしいですね!
馬の牧場に遊びに行ったりとか乗馬の経験とかはないのですが、競馬というスポーツが大好きです。ただ自分の創作にはほとんど反映されていません。馬姦絵は大好きですが自分で描こうという気にはならなくて。なので子供の頃からの純粋な個人的趣味です。
ここまで読んできてくれた方にはわかるように自分もいい年になってきたので、そろそろ馬の絵くらいは描けるように練習しなきゃなぁ…と最近は思い始めています。
ちなみにウマ娘はこうした自分の競馬への思い入れの強さがあるせいで多分触れると当時の感情とないまぜになってぐしゃぐしゃになってしまうと思うのであえて触れないようにしています。
ウマ娘で競馬を知った方が昔の馬達に興味が持ってくれるのは嬉しいですね。そしてそこから中央競馬や地方競馬にお金を落としてくれるとなお有難いと思います(自分は馬券少額ですから…)
あとうまぴょい伝説は名曲だと思いました。
posted by いななきしき at 15:19| Comment(0) | 競馬談義
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